加藤祐三(横浜市立大学)
児玉隆夫(大阪市立大学)
見藤隆子(長野県看護大学)
第2回日仏高等教育シンポジウム(Colloque Franco-Japonais sur l'Enseignement Superieur)が2001年5月にフランスのアルザス地方のストラスブール市で開催された。漢字の「双」にEspri partenaire France-Japonの文字を付したロゴを用いて、上記のシンポジウムが5月2、3日、その翌日からの4、5日にわたり若手科学者による研究集会が行われた。
日本側の参加者は、公立大学から3名の学長(加藤横浜市大、児玉大阪市大、見藤長野看護大)、国立大学から9名の学長(阿部東北大、佐々木東京大、内藤東工大、石一橋大、中嶋東外大、長尾京都大、杉岡九州大、佐古佐賀大、森田琉球大)と数名の教授、私立大学から4名(重乃京都外語大学長、カリー上智大学長、白井早大副学長、三浦中央大学教授)、文部科学省から工藤高等教育局長、木谷企画課長ほか数名、寺井資生堂ヨーロッパテクノセンター所長、ストラスブール総領事館から数名であった。フランス側からは十数名の学長と文部省・文化省に相当する責任者が参加、参加者総数は104名であった。
このシンポジウムは1996年の橋本首相=シラク大統領との合意「2000年における活動20項目」に基づき、両国間の高等教育の連携を深めることを目的としたものである。第1回のシンポジウムは1998年に東京で開催され、そのテーマは「高等教育システムの比較的なアプローチ:利害の一致と補足性および展望」であった。このなかのプログラム8(両国間の交換留学生の実験的計画で日本人学生12名とフランス人学生18名が1年間の留学を体験)は1999年と2000年にすでに実施済で、大きな成果を挙げており、今後の拡大が期待される。
またストラスブール市にアルザス4大学の共通プロジェクトとして日仏大学会館が設置され、その開所式が5月2日午後、盛大に行われた(所長はD.Baillon)。施設面積は320平方メートルだが、両国の高等教育機関の交流活動を活発化させるための新しい交流拠点として、今後はフランスの全高等教育機関を代表する。そのため、両国の関連省庁による強い支援がある。
シンポジウムは欧州議会を会場に、3つの会議が、それぞれ数時間をかけて行われた。いずれも日仏間の協力関係の発展に向けて意義ある内容となった。
加藤は議事を進めるさいの枠組みとして、学問の専門分化(垂直的拡張)と異分野への水平的拡張とをどう調和させ、人類の知的資産の創出(研究)と人材育成(教育)を担う高等教育機関の役割を強化するか、その目的のための手段として学生の流動性に関する多様な形態を論じてほしいと述べた。
既に実施中のプログラム8の改善策について、資金、学期差、言語教育の必要性、チューターの有効性、コスト高の克服などに触れ、日仏学生交流により生まれる未来の「若き大使達」への熱い期待を述べた。
プログラム8の精神をさらに発展させるため(つまり継続性を持たせるため)国公私大学を含めた常設委員会の必要性を強調するとともに、UMAP(University Mobility in Asia and the Pacific)とEUのエラスムス計画との結合、そのための常設機関の必要性を述べた。
マルティメディア・通信衛星・インターネットなど情報通信技術の活用による高等教育への影響、なかでも日本でのSCS(Space Collaboration System)の活用状況に触れ、まだ各方面で活用すべき余地があると述べた。
バーチャル・モビリティ(仮想の流動)をグルノーブルの7つ大学が参加し、デジタルキャンパスを作ろうとしている。教授法等について研究しているところである。しかし、実際に会うことが大切であり、バーチャルはあくまでも補完的なものである。
2000年4月、東京で開催された上記会合の意義を述べ、作業言語としての英語と約6000の世界諸言語(うち半数は無文字)の共存、知の格差の拡大への対応など、広範な課題についての討議を紹介した上で、「変貌する社会における教育」の挑戦課題として、生涯学習と遠隔地教育、学生・教員・研究者・行政官の国際交流の促進を強調した。インターネットを通じて60単位まで、母国に居て単位取得可能とした。
2000年4月の上記フォーラムを紹介しつつ、グローバリゼーションと文化の多様性、情報化時代の格差と不利益の解消、従業員への教育投資の必要性、学校と地域社会との連携、沖縄の歴史的経験(異文化交流の光と陰)とアルザス地方との類似性、そして最後に対立なき多様化と統一のなかの個性という目標を強調した。
5月3日8時ー9時朝食会日仏博士課程カレッジプロジェクト・コレージドクトラルの紹介が在日フランス大使館文化参事官A.Siganos氏より行われた。博士課程の学生が自国で出来るだけ単位を習得し、その後各国で履修する。科学系の学生には英語での履修も出来るだけ可能にするなどが話し合われた。
産業界のニーズを聞いて大学が研究を行い、基礎研究に対すると同じように研究資金を提供している。人文社会研究にも将来研究費を提供する。技術革新法により、起業を大学が行える。企業内研究に学生を派遣することも考えている。1999年、技術革新について公募し千余の応募があった。アイディアを起業化するためのインキュベーターがフランス全体で31ある。シードキャピタルとして、1億5千万フランを投入した。学生に起業家精神を持たせたい。
日本でも15年位前から産学共同を行っている。戦後の規格大量生産の時代は終わる。1995年に科学技術基本法が出来た。企業の研究費が減り、大学で研究が行われる方向にある。
TLO(Technology Licensing Organization)法が出来たが、発明されたものの情報管理が上手く出来ていない。大学と企業のパートナーシップの組み方も課題である。
両者に対して、教官の特許を業績評価に使うかどうかの質問があった。
技術移転促進法、産業技術力強化法などにより、日本もこの3年間に規制
緩和が進み急速に変わって来ている。問題は発明されたものの評価の難しさである。
キュリーネットワークは10年前に発足し、64のメンバーが参加している。大学内部の組織でまだ法人化されていない。知的所有権の問題、保護の問題がある。企業との契約のベストの方法を探っている。ネットワークがプロフェッションとなることが重要である。
アメリカとフランスにおける産学共同の具体を提示しながら説明した。国情の違いを理解し、信頼関係を築き、企業は何が欲しいかを明らかにすることが重要である。
科学技術基本法により、バイオ等に1996-2001年、17兆円、2001-2006年にかけて24兆円の予算が国により付けられた。国によるバイオサイエンス研究領域には、人ゲノム科学研究、発生再生科学、脳科学、免疫アレルギー研究、がん研究、植物科学研究等の6分野がある。
科学の発達による負の遺産、例えば、遺伝子組み換え作物の消費者、環境への影響等を考える必要がある。情報通信ネットの普及率が日本は低く世界の16位である。
大学等における研究を企業化するためにインキュベーターを公的なものとして作った。アイディアを公募し、適当なものに公的な資金を援助する組織である。
グルノーブル地方の重点項目は、IT関連である。
質議の中で、自国にマーケットが無く相手国にある時、インキュベーターが関与することがある。フランスのインキュベーター支援を3年から10年に延ばす必要があるなどが語られた。
日本では大学改革の嵐が吹いている。約650校ある大学のうち国立大学は99校であり、予算は国から全額与えられ自治も与えられているが、国の方針として独立行政法人化問題が大きな問題として議論されている。その見通しと問題点について述べられた。
公立大学74校の規模、財政、設置主体等の在り方が様々であることを資料等により説明。公立大学は地方財政の影響を受け易く、1999年に行った公大協調査結果にも既に人員、予算の削減が見られている。大学の自治を堅持しながら、地域住民に肯定されるような地域貢献を模索して行かなければならない。
私学では、理事長、学長の人材をどう得るかが問題である。
マネージメントのプロフェッションである必要がある。学生の授業料によってほぼ運営されているので、財政は厳しく、研究費を得るのが難しい。
大学入試の在り方、動向について資料により説明。学生の教育と研究を活性化するための種々の取り組みについて具体的に話された。21世紀プログラムと名づけたジェネラリスト養成を始めた。18名の学生が選ばれ、自分が取りたいと思う科目を自由に取れるとするもの。
プログラム8については、もっと理科系の学生の参加を得る必要がある。アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツの学生が多く、日仏は遠い。
日仏大学会館を意味あるものたらしめる必要がある。
情報技術を使って博士課程の学生を共同で指導するなど、もっと交流を深める必要がある。日仏で教授法について話し合い必要。特許をどう開発するかなど、インキュベーションについてお互いに理解を深める。日本は
UMAP,フランスはEUなどそれぞれの国の領域における交流をも通して稔りあるものとしたい。
今後の海外交流を進めるには、国公私の異なる設置形態を持つ日本の大学が1つの協議体を設けて行うのが望ましい。
交流は豊かなものであった。われわれは同じ方向に進んでいる。自国の文化の多様性を守りながら、交流の安定化を計って行きたい。
5月2日午後、ストラスブール大学にて日仏大学会館の開館式があり、Schwartzenberg研究省大臣がその挨拶のなかで、19世紀以来のアルザス地方と日本との交流を回顧したうえで、健康・環境・食品衛生・天災予防・新エネルギー・都市管理・教育などの各分野で科学技術のさらなる日仏交流への期待を述べ、また日仏大学間の学生教員の交流協定を促進し、産学交流の今後の発展について希望を述べた。
なお2年後の第3回日仏高等教育シンポジウム(2003年)の開催地を京都とすることが発表された。
ストラスブール市は、掘割が縦横に走る水の都である。もともとは円形の城郭都市で、中心には中世に数百年をかけて(11~15世紀)建造されたカテドラル(大聖堂)があり、そのゴチック建築は圧巻である。他にも中世の素晴らしい建造物がある。
このまちはドイツ国境に近いアルザス地方の中心都市である。周知のとおり仏独間で領土主権が幾度も変わった歴史を持つ。1871年には普仏戦争によりドイツ領となり、1918年にフランス領、1941年にドイツ領、1945年にまたフランス領となって現在にいたる。主な近代建築は19世紀後半以来、ドイツ人の投資・設計による重厚なものが多く、大学キャンパス内の古い建物の多くが継承している。戦災の被害はない。
ストラスブール市の現在の人口は25万人、うち大学人口がその4分の1を占める。1989年以来、新しい都市計画として、旧城内への自動車乗り入れを禁止し、路面電車による公共交通優先政策(tram transit mall)を進めてきた。古い路面電車の復活ではなく、路面電車の新設である。中央に広い歩道と自転車道を設け、その両側に街路樹を植え、さらにその両側に路面電車を敷設、その外側を1車線の車道にしてある。他の街路でも歩行者優先を徹底する構造を作り上げた。世界の各都市から視察が多いと言う。
以上