公立大学協会について

会長挨拶


一般社団法人公立大学協会
 会長 鬼頭宏(静岡県立大学長)

 5月27日に開催された総会において公立大学協会会長に選ばれましたことは、身にあまる光栄と感謝しつつも、責任の重さをひしひしと感じております。幸いに公立大学の運営に関して経験豊かな副会長、理事・監事、そして意欲旺盛な事務局スタッフに支えられていますので、無事に職責を果たしていけるものとお引き受けいたしました。

 いま公立大学には、地域社会の活性化を実現する重要なアクターとして大きな期待が寄せられています。しかし同時に困難も抱えています。今後も当分の間、止まることはない18歳人口の減少は、公立大学のみならず、非大都市圏の大学の経営にとって共通の課題です。一方では若者人口を地域に留めておく装置として、大学の新設を期待したり、私学の公立化を図ったりする動きは今後もつづくでしょう。
 大学の役割は単に地域からの若者人口の流出を食い止めるだけであってはなりません。Society 5.0と呼ばれる新しい文明社会の構築に向けた社会変革の担い手の育成でなければなりません。単科大学が半数を占め、小規模な大学が多い地方圏の公立大学は、単独でその役割を果たすことは困難です。経営主体の異なる地域の高等教育機関との連携が必要になるでしょう。

 すでに国立大学では複数大学による新たな国立大学法人への統合、公立大学や私立大学も参画する大学等連携推進法人の設立に向けた動きが始まっています。私学助成と結びついたプラットフォーム形成も進められています。こうした潮流の中で、公立大学は設置団体との意思疎通を深めることによって、地域における高等教育政策をリードし、主体的に連携を進めていくことが必要であると考えます。
 国立大学、私立大学の全国組織は、それぞれに将来構想とガバナンス・コードのモデルあるいは骨子案を打ち出しています。われわれも、今後の公立大学のあり方について考えなければなりません。郡前会長のもとで、今年5月に報告書『公立大学の将来構想;ガバナンス・モデルが描く未来マップ』が発表されました。今期はこれを承継して、地域における公立大学のガバナンスについて具体的に検討する作業を進めることを計画しています。

 江戸時代を通じて400を超える藩校が、設立されたとされています。4半世紀ごとに設立件数を調べると、最も多いのは幕末・維新期(1851〜75年、90校)でした。それに次いで多かったのが、18世紀末期(1776〜1800年、86校)でした。田沼意次の治世から寛政改革が行われた時代です。天明飢饉が大きな人口減少をもたらし、幕藩財政も厳しい時代でした。そのような時代に、藩校設立ブームが起きたのです。同時にこの時代の前後は蘭学ブームの時代であり、杉田玄白らが『解体新書』(1774年)を翻訳出版し、平賀源内がエレキテル(1776年)を製作しました。「徳川近代」が動き出した時代と言えるでしょう。産業文明から新しい文明への転換期にある現在は、まさに18世紀末期から幕末にかけての時代にあたるのではないでしょうか。困難な時代であるからこそ、大学は時代を変革する人材の育成に力を入れなければならないのです。そして江戸時代がそうであったように、変革は地域から始まるのです。

 新米の学長として、静岡県立大学へ招聘されて4年、「地域をつくる、未来をつくる」をモットーとして邁進してきました。公立大学協会の学長会議では、それぞれに工夫されて、地域における人材育成に努めておられる全国の公立大学長の皆さまとの交流を通じて、改めて地域における大学の役割について学ぶことができました。会員校の皆様の力を結集して、「地域をつくる、未来をつくる」の初心に立ち返り、地域から日本を、世界を変えていく人材を育てるために力を尽くしたく思います。

令和元年6月